X-ray Probing into Energetics Associated with Astropphysical Jets from Active Galactic Nuclei

Naoki Isobe

 宇宙に存在する天体の中心からは、細く絞られたプラズマ流がひじょうに高速で噴出していることがあり、「宇宙ジェット」と呼ばれている。ジェットは、銀河系内の原始星やブラックホール連星から活動銀河中心核まで、様々なスケールで観測されている現象である。しかし、ジェットはそもそもどのようにして駆動されるのか、ジェット中の正電荷は陽子かそれとも陽電子かなど、ジェットに関してはさまざまな事柄が、現代宇宙物理学の未解決問題のままである。  

 一般的にはジェットの形成には磁場が重要であると考えられることが多いが、 どの程度の役割を果たしているかについては、いまだに決定的な観測事実があるわけではない。たがって、ジェットの場所で粒子と磁場のエネルギー密度(以後、それぞれueum とする)を測定し、ジェットのエネルギー収支を調査することが、ジェットの謎を解くための大きな手がかりとなるはずである。

 電波銀河は、ジェットを持つ活動銀河を横から観測した様な天体と考えられており、ジェットの研究に最適な実験室の一つと考えられる。特に、ジェットの終端衝撃波と考えられるホットスポットやその周囲に広大に広がるローブからは、ジェットによって供給された相対論的な電子と磁場による強力なシンクロトロン放射(SR)が検出されており、これまで電波観測による研究がさかんに行われてきた。しかし、SR電波の強度はueum との積に比例しているため、SR電波の観測だけではこれらを独立に求めることはできない。そこで従来はエネルギー等分配(ue =um )や最小エネルギーなどの仮定のもとでueum を評価してきたが、これらの仮定には必ずしも物理的な根拠があるわけではない。

 いっぽう、相対論的な電子はソフトな光子をコンプトン(IC) 散乱することでX線やγ 線を生成するはずである。そして、IC X線の強度はue とソフト光子のエネルギー密度の積に比例する。特に、ローブの様な広大な領域では宇宙マイクロ波背景放射(CMB) がソフト光子となる。 CMBのエネルギー密度uCMB は正確に分かっているため、ローブからのIC X線を検出することができれば、SR電波との比較によりueum を正確に求めることができる。このようなIC X線は古くから予言されていたが、従来の検出器では感度が不足していたため、最近まで検出できなかった。1995年、金田らとFeigelson らがそれぞれ独立に、「あすか」衛星とROSAT衛星を用いて、電波銀河Fornax A のローブから世界で始めてIC X線を検出した。その後も田代ら(1998) が「あすか」により電波銀河Centaurus B のローブからもIC X線を検出し、X線を用いたueum の測定が徐々に可能となってきた。そこで本論文では、様々な電波銀河のローブからIC X線を検出し、系統的なueum の測定を世界で始めて本格的に行うことを目的とする。

 ローブからのIC X線の特徴は、表面輝度の小さい広がった放射であること、SR電波と同じスペクトル指数を持つ硬い放射であることである。また、しばしば電波銀河の中心核からの明るいX線の混入が問題となる。したがってIC X線田の検出には、広いX線帯域において、高い感度、広い視野、低バックグラウンド、適度なエネルギー分解能と角分解能を備えた検出器が必要である。昨年まで稼働していた「あすか」衛星に搭載されていたGIS 検出器はこの条件をほぼ全て満たす理想的な検出器の一つである。ただし、「あすか」GIS を利用してもローブからのIC X線の検出は非常に困難である。時に「あすか」GIS の空間分解能(約3分角)でローブと中心核を正しく分離するには、ローブの大きさが十分に大きくならなければならない。そこで我々は、おもに電波強度が十分大きくローブのサイズが5分角以上である、というような条件で「あすか」の公開データをすべて調査し、条件を満たす二つの電波銀河 NGC612 と4C 73.08を選出した。

 「あすか」GISでは空間分解できないような、より小さなローブを持つ電波銀河に対しては、0.5秒角というかつてない高い角度分解能を持つ Chandra衛星搭載のACIS 検出器が理想的である。しかし、「あすか」に比べて有効面積が小さいわりには、バックグラウンドが高く広がったX線の検出にいは不向きな可能性がある。そこで、我々は注意深く様々な電波銀河を調査ひ、我々の目的に最適な観測天体として電波銀河 3C 452 を選択し、Chandra 衛星で80 ksec にわたる観測を行った。また、すでに公開されているデータをすべて調査し、電波強度が十分に大きいローブを持つ電波銀河Pictor Aを選出した。


図1: Chandra ACISによってと得られた電波銀河3C 452 の0.3 - 7keVのdX線カラーイメージ。比較のために、1.4GHz の電波のイメージを等高線で重ねてある。


図2: Chandra ACISによる、3C 452 の広がったX線源のスペクトル。破線、スペクトルのフィットに用いたモデルを示す。


図3: ローブにおけるueumの関係。Fornax A(Kaneda et al. 1995) とCentaurus B(Tashiro et al. 1998)も同時に示した。2本の緑の線は、uCMB を表している。


図4: ローブにおける磁場と電子の全エネルギー, ueV とumV,を中心核のX線ルミノシティLX に対してし図示した。

 我々は以上4つの電波銀河のX線データの解析を行ったところ、すべての電波銀河のローブから広がったX線を検出することができた。その一例として、3C 452の解析結果を示す。図1はChandra ACISで得られた3C 452 のX線イメージである。3C 452 の中心核を含むいくつかの明るいX線点源に加えて、ローブを埋め尽くすように広がった暗いX線が検出されているのがわかる。そこで、点源を正しく 取り除いて求めた広がった成分のX線スペクトルを図2に示す。我々は、さまざまなモデルでスペクトルのフィッティングを行ったところ、5ke V以上までのびるハード成分(図中の青) と熱的なプラズマによるソフト成分(図中の緑) の和で、観測されたスペクトルを良く説明できることがわかった。特に、ハード成分のスペクトル指数がSR電波のスペクトル指数と非常に良く一致していることから、このハードがIC X線であると結論した。

 そこで、これらすべてのローブについて、SR電波とIC X線の強度の比較からueum を計算した。その結果を図3に示す。明らかに、エネルギー当分配はまったく成立しておらず、多くのローブでueum の10倍以上にもなっている。これは従来の電波観測だけを用いた方法では、ue は少なくとも数倍は過小評価しており、X線を用いなければ正しいエネルギー評価は行えないことを示唆している。また ほとんどすべてのローブでum <≈uCMB となっており、ローブ中の電子は主にIC 散乱でエネルギーを放出していることがわかる。

 ローブに存在する電子や磁場はもともとジェットによって中心核から供給されたと考えられる。そこで我々は、中心核のX線ルミノシティLxとローブのue ,um の関係を調査した。ue ,um 自身はLxとはっきりした相関を示さないものの、ローブ全体の体積Vで積分した電子を磁場の全エネルギーueV,umV はLx ときれいに相関していることを発見した。これを示したのが図4である。明らかに、 ueVはLxにほぼ比例するように増加しているが、umV はほぼ一定である。このうち、ueVの振舞いについては、次のように理解することができる。すでに述べたように、ローブ中の電子は主にIC散乱でエネルギーを放出し続けている。したがって、IC散乱による冷却時間をTICとすると、LkinueV(1+ κ)/TIC で表されるようなパワーがジェットからローブに常に供給されていなければならない。ここで、κ はジェット中の陽子がジェットの終端衝撃波で得るエネルギーを電子の得るエネルギーで規格化したパラメタであり、通常は κ =1 と考えられている。我々はそれぞれのローブに対して実際にLkinを求めたところ、図5のようになた。つまり、Lkin∼1042-44erg s-1であり、LkinLXにきれいに比例している。この比例関係は、中心核が質量降着によって輝いていると考えれば、ジェットのエネルギー源も中心核への質量降着であることを示した重要な観測事実であると考えられる。

 ローブの電子のエネルギーから推定したLkinを、実際にジェットが持ち出していると考えらられるパワーLjetと比較することは、非常に重要である。電波銀河をジェットの正面から観測したような天体であると考えられているブレーザーは、この目的に非常に有効な天体である。ブレーザーの時間変動は非常にはやいことから、比較的ジェットの根本に近い領域が観測されているものと考えられる。特に、最近のX線やγ線の観測でIC放射のスペクトルが得られているブレーザーについては、SR放射のスペクトルとの比較から、Ljetを見積もることができる。我々は、窪(1999)による結果をもとにブレーザーのLjet を推定したところ、約Ljet ∼ 1042-44(1+η) erg s-1であった。 ここで、η は陽子の質量の効果を表すパラメタであり、ジェットが陽子を含んでいればη ∼ 2000、含まなければ η ∼ 0である。もし、η =2000とすると、LjetLkinより、はるかに大きな値になってしまうが、η=0であればLjetLkinはほぼ一致する。このことは、ローブが電波銀河や不レーザー、つまりジェットを持つ活動銀河中心核に共通に見られるものであれば、ジェットにはあまり多くの陽子が含まれrない方が好ましい、ということを示唆していると考えられる。

 以上は、個々のローブで平均したueumの空間分布を調査することも重要である。uCMBは空間的に極めて一様であるため、ローブからのIC X線の空間分布から電子の空間分布を求めることができる。またSR電波とIC X線の分布の比から、磁場の空間分布を求めることができる。そこで、もっとも質のよいIC X線のデータが得られた3C 452 のローブについて、その軸に沿った電子と磁場の分布の推定を行った。その結果、電子はローブを比較的一様に満たしているのに対して磁場はローブの周辺に向かって強まっていることがわかった。これを分かりやすく示したのが図6である。ローブの中心付近ではue>> umであるのに対して、ローブの端の近くではueumであることがわかった。なぜこのようないわば電子と磁場の住み分けが生じるのかは、今後の課題である。


図5: ジェットがローブに供給するパワーLkinと中心核のX線ルミノシティLXとの関係。


図6: 電波銀河 3C 452 のローブの軸に沿った磁場 Bue/um比の分布。

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