ブラックホールに迫る「すざく」衛星

2006年10月6日

本成果は現在サンフランシスコで開催中の米国天文学会 高エネルギー天文学部会において同時に記者発表されます。また日本天文学会欧文研究報告(Publications of the Astronomical Society of Japan)の「すざく特集号」(2006年11月30日発行予定)に掲載される予定です(参考文献参照)。


宇宙航空研究開発機構(JAXA)が昨年打上げたX線天文衛星「すざく」は、これまでにない精度でブラックホールのまわりの時空のゆがみを示すと考えられるデータを得ました。

「すざく」がとらえた観測データの時々刻々の変化は、ブラックホールの強い重力でX線の進路が曲げられることで説明されることがわかりました。また、そのデータにモデルをあてはめることで、ブラックホールの高速回転の速度、物質がブラックホールへ吸い込まれていく角度が測定できました。

これらの観測は「幅の広い鉄輝線」というブラックホールのごく近くから放たれた光の特徴を使ったものです(図1)。この「幅の広い鉄輝線」の存在は、過去には観測装置の感度が不十分だったために疑いを持たれたこともありました。今回の「すざく」によるデータで、ブラックホールの凄まじい重力の強さが明瞭に観測されました。データの解析に用いられた手法は将来のX線天文衛星による観測にも応用が期待されるものです。


図1: すざくによる観測で得られた「幅の広い鉄輝線」。左下がMCG-5-23-16 (ポンプ座の方向、距離1億2千万光年のところにある銀河)、右下がMCG-6-30-15 (ケンタウルス座の方向、距離1億1千万光年のところにある銀河)。上図はブラックホールの回転によって円盤の様子と観測される鉄輝線の広がりがどのように変わるかを示した模式図。図をクリックすると拡大図が表示されます。

「すざく」衛星を使って研究を行った二つの国際共同チームは、サンフランシスコで行われている米国天文学会 高エネルギ−天文学部会の中で、10月5日に記者会見を開き成果について発表します。

英国ケンブリッジ大学のアンドリュー・ファビアン(Andrew Fabian)教授は、「すざく」を用いてブラックホールの回転とブラックホールにX線の進路が曲げられる様子を観測した日米欧の国際共同チームのリーダーです。ジェイムズ・リーブズ(James Reeves)博士(NASAゴダード宇宙飛行センターとジョンズ・ホプキンス大学に所属、ともに米国メリーランド州)は、物質が円盤状に渦をまきながらブラックホールに吸い込まれていくときの、円盤の角度を精密に測定した、同様の国際共同チームのリーダーです。

ファビアン教授は今回の研究成果に関して、次のように話しています。「幅の広い鉄輝線を使った方法が、かつてないほど強力にブラックホールの性質を調べる手段であるとわかってきました。私たちはブラックホールの精密測定が可能な時代へと入りつつあるのです。」

巨大ブラックホールは、ほとんどの銀河の中心にある、太陽の数100万倍から数10億倍もの質量が太陽系ほどの大きさにつめこまれたもので、「すざく」にとって最も重要な観測対象の一つです。

幅の広い鉄輝線は、高温の鉄が強い重力の中にある証拠となるものです。重力がないときには、鉄はX線分光装置のデータで6.4キロ電子ボルト(キロ電子ボルトはエネルギーの単位の一種)のところだけに信号が出ます(これを鉄輝線と呼びます)。ブラックホールの近くでは光速に近い速さで回るため、そこにある鉄からのX線は、6.4キロ電子ボルトのまわりに広がり、2つの山が連なった輪郭のような形になります(図1、2)。更に、ブラックホールの重力は光をも引きずりこもうとします。そのため、波長が引き延ばされ、スペクトルは低いエネルギー側に裾を引きます。


図2: 円盤の外側で放射された鉄輝線は幅が狭いのに対して、円盤の内側、ブラックホールの近くで放射された鉄輝線は裾を引いた、幅の広い輝線になります。図をクリックすると拡大図が表示されます。

このようなX線の特徴は、日本の「あすか」衛星の観測により1995年に初めて観測され、その後、ヨーロッパのX線天文衛星「ニュートン」などでも報告されています。「すざく」には硬X線(エネルギーの高いX線)を検出する装置(HXD)と軟X線(エネルギーの低いX線)のエネルギーを測定する分光装置(XIS)が搭載されています(すざく概要参照)。「すざく」は鉄輝線のエネルギー付近で他のX線望遠鏡よりも高い感度を持つとともに、軟X線だけでなく、鉄輝線よりもさらに高いエネルギーの硬X線までを感度よく測定できるのです。「すざく」はこうしたブラックホールからの特徴的なX線(図3)をとらえるために必要な性能を備えた唯一のX線天文衛星で、ブラックホールまわりで起こっている激しい現象を初めて統一的にとらえることを可能にしました。


図3: 銀河の中心にひそむ巨大ブラックホールからのX線放射の例。1キロ電子ボルト以下から数百電子ボルト以上まで特徴的なX線が放射されます。すざくはこれらのすべてをとらえるために必要な性能を備えた唯一のX線天文衛星です。図をクリックすると拡大図が表示されます。

2005年と2006年に行われた「すざく」の一連の観測により、幅の広い鉄輝線がいくつものブラックホールで観測され、これらの鉄輝線が観測の精度の悪さのために見えたノイズなどではなく、強い重力のもとで発せられた本物の信号であることが示されました。将来のX線天文衛星では、今回の発見を発展させ、幅の広い鉄輝線を使ってブラックホールの「画像」をとらえることができるようになるでしょう。ブラックホールの画像を得ることは今後の宇宙探査の重要なテーマの一つです。

ファビアン教授らの国際共同チームは、MCG-6-30-15と呼ばれる銀河の中心にあるブラックホールが、まわりの時空を引きずりながら高速で回転していることを確認しました。また、ブラックホールの近くで発せられたX線が、ブラックホールの重力を逃れようとしながらも、ブラックホールまわりの円盤の中へと重力によって進路が曲げられている証拠があったとしています。このように進路が曲げられることはアインシュタインの一般相対性理論が予言していましたが、過去の観測ではその気配を見ることすら難しかったのです。今回「すざく」によって、それを示す観測結果が得られるようになりました。

リーブズ博士らの国際共同チームは、MCG-5-23-16と呼ばれる銀河で、ブラックホールへ物質を落とし込んでいる円盤(降着円盤と呼ばれています)が私たちから見て45度の角度を向いていることを明らかにしました。このような精密な観測はこれまでは不可能でした。

リーブズ博士は「幅の広い鉄輝線はブラックホールのごく近くにある物質やエネルギーを見に行くための近道です。極端に強い重力を調べることだけが、アインシュタインの理論に欠陥があるかどうかを知る方法なのです。」と話しています。

「すざく」は宇宙航空研究開発機構(JAXA)によって2005年に打ち上げられた日本の5番めのX線天文衛星です。この衛星の観測装置はJAXAおよび日本の大学・研究所と、NASAゴダード宇宙飛行センターおよび米国の大学の国際協力により開発されました。衛星はこれらの研究機関の研究者を中心に運用されています。すざく衛星の現在の観測は国際公募で進められていますが、初期の観測データについては、衛星開発に関わったメンバからなる国際共同チームで解析が進められています。

(注) 本文中の図はNASAおよびJAXA提供。


リンク

参考文献

本成果は以下の論文として日本天文学会欧文研究報告(Publications of the Astronomical Society of Japan)の「すざく特集号」(2006年11月30日発行予定)に掲載される予定です。
  • "Suzaku Observations of the Hard X-ray Variability of MCG-6-30-15: the Effects of Strong Gravity around a Kerr Black Hole"
    G.Miniutti, A.C.Fabian, N.Anabuki (穴吹直久/大阪大), J.Crummy, Y.Fukazawa (深沢泰司/広島大), L.Gallo, Y.Haba (幅 良統/名古屋大), K.Hayashida (林田 清/大阪大), S.Holt, K.Iwasawa (岩澤一司/マックスプランク研究所), H.Kunieda (國枝秀世/名古屋大), J.Larsson, A.Markowitz, C.Matsumoto (松本千穂/名古屋大), M.Ohno (大野雅功/広島大), J.N.Reeves, T.Takahashi (高橋忠幸/JAXA宇宙研), Y.Tanaka (田中靖郎/マックスプランク研究所), Y.Terashima (寺島雄一/愛媛大), K.Torii (鳥居研一/大阪大), Y.Ueda (上田佳宏/京都大), M.Ushio (牛尾雅佳/JAXA宇宙研), S.Watanabe (渡辺 伸/JAXA宇宙研), M.Yamauchi (山内 誠/宮崎大), T.Yaqoob
  • "Revealing the High Energy Emission from the Obscured Seyfert Galaxy MCG-5-23-16 with Suzaku"
    J.N.Reeves, H.Awaki (粟木久光/愛媛大), G.C.Dewangan, A.C.Fabian, Y.Fukazawa (深沢泰司/広島大), L.Gallo, R.Griffiths, H.Inoue (井上一/JAXA宇宙研), H.Kunieda (國枝秀世/名古屋大), A.Markowitz, G.Miniutti, T.Mizuno (水野恒史/広島大), R.Mushotzky, T.Okajima (岡島 崇/NASA GSFC), A.Ptak, T.Takahashi (高橋忠幸/JAXA宇宙研), Y.Terashima (寺島雄一/愛媛大), M.Ushio (牛尾雅佳/JAXA宇宙研), S.Watanabe (渡辺 伸/JAXA宇宙研), T.Yamasaki (山崎智紀/広島大), M.Yamauchi (山内 誠/宮崎大), T.Yaqoob
すざく衛星とその搭載機器については、以下の論文として「すざく特集号」に掲載されます。
  • すざく衛星: "The X-Ray Observatory Suzaku", K.Mitsuda et al.
  • X線CCDカメラ(XIS): "The X-Ray Imaging Spectrometers (XIS) on Board Suzaku", K.Koyama et al.
  • X線望遠鏡(XRT): "The X-Ray Telescope onboard Suzaku", P.Serlemitsos et al.
  • 硬X線検出器(HXD): "The Hard X-Ray Detector (HXD) on Board Suzaku", T.Takahashi et al.