日本天文学会記者発表: 2008年9月10日13時30分〜 (於 岡山理科大学)
本件の取り扱いについては以下の解禁日でお願いいたします
新聞: 日本時間 2008年9月11日(木)朝刊
テレビ・ラジオ・インターネット: 日本時間 2008年9月11日(木)午前4時

鉄との合金に重要なレアメタルの生成現場を宇宙で初めて確認

「すざく」衛星による超新星爆発における元素合成とその三次元構造の解明

発表者
玉川 徹 (理化学研究所・専任研究員)
古澤 彰浩 (名古屋大学・特任助教)
早藤 麻美 (東京理科大学・博士課程2年)


ポイント


概要

デンマークの著名な天文学者ティコ=ブラーエ(Tycho Brahe)が1572年にカシオペア座で発見した超新星の残骸において、「すざく」衛星(※1)でX線放射を精密に観測したところ、電離した鉄の出す強いシグナルに加え、鉄を助けるレアメタル(※2)であるクロム、マンガン(※3)の発する微弱なX線のシグナルを検出し、その生成現場を宇宙で初めて特定しました。クロムとマンガンは、鉄との合金を作るレアメタルとして、われわれの現代社会に欠かせない元素です。宇宙では鉄の百分の一ほどしか存在しない微量な元素ながら、生成現場の温度や物質密度に敏感なため、星の爆発メカニズムを知る最も重要な元素だと考えられています。この観測により、超新星爆発の燃焼に衝撃波が関与していたことを示唆する結果を得ました。


(c) NASA/CXC/Warren&Hughes (解像度の高い写真:293kb
図1:チャンドラX線天文衛星で撮影された「ティコの超新星」の残骸



(c)RIKEN
図1b
「すざく」で撮影した「ティコの超新星」の残骸(解像度の高い写真:写真1写真2
さらに、電離したケイ素、硫黄、アルゴン、鉄から発せられるX線の強いシグナルを詳細に観測したところ、超新星爆発の2次元的な広がりだけでなく、奥行き方向の構造を調べることに成功しました。星が爆発したときに生成された元素がどのように分布しているか、その立体構造が明らかになったのは初めてのことです。最新の3次元シミュレーション研究では、爆発の過程で生成された元素が混ざり合うことが予想されていますが、実際にわれわれの得た立体構造は、元素は混ざらずに、まん丸なタマネギ構造をしているという極めて単純なものでした。シミュレーション研究にも見直しが必要かもしれません。

(c) RIKEN/Tamagawa (解像度の高い図:230kb, 文字なしの図
図2: ティコの超新星が爆発した瞬間の想像図。中心部は鉄、外縁部はアルゴン、硫黄、ケイ素のようにタマネギ構造をなしている。

解説

1.背景

星はその一生の最後に、超新星と呼ばれる大爆発を起こして宇宙に飛び散ります。ビッグバンにより137億年前に宇宙ができた当初、この世界には水素とヘリウムしかありませんでした。われわれの身の回りにある元素の大半は、星の内部の核融合で作られ、さらに超新星爆発のさい、激しい合成や分解の過程を経て宇宙空間にばらまかれ、長い年月をかけて現在の姿になったと考えられています。超新星爆発は、いわば、宇宙における錬金術師です。

超新星爆発の痕跡は1,000年から10,000年のあいだ、超新星残骸としてX線などで観測することができます。あたかも広がった花火の色や形が、元の火薬の種類や詰め方を反映しているように、超新星の残骸を観測することによって、爆発した瞬間の元素の種類や分布の情報を得ることができるのです。

われわれは日本のX線天文衛星「すざく」の高感度X線CCDカメラを用いて、カシオペア座にある「ティコの超新星」と呼ばれる天体の残骸を観測しました。この超新星は1572年に突如現れ、宇宙は安定の象徴と考えていた当時の人々を驚かせました。最初に報告したのは、デンマークの著名な天文学者ティコ=ブラーエで、肉眼による観測ながら、明るさの変化が詳細に記録された世界で初めての超新星となりました。この星の残骸は、現在でもX線で極めて明るく輝く天体として知られています。本研究のデータは、2006年6月27〜30日の観測によって取得したものです。2008年7月には、その結果の重要性から、さらに時間を伸ばした詳細な観測が行われました。
「ティコの超新星」のようなタイプの爆発(核融合暴走型:※4)は、宇宙全体の超新星爆発の、おおよそ三分の一を占めます。このタイプの超新星爆発は、宇宙に存在する鉄の大半を生成していることが知られており、宇宙の進化を知るうえで欠かすことができない天体です。さらに重要なのは、このタイプの超新星爆発は、宇宙の膨張、すなわちダークエネルギー(※5)の量を知るための灯台(標準光源)として利用されていることです。しかしその爆発メカニズムは誰も解明しておらず、詳細な研究を行うことは、われわれの宇宙の理解を変える可能性を秘めています。

2.鉄を助けるレアメタルの生成現場を宇宙で初めて特定

われわれは「ティコの超新星」の残骸で、電離した鉄の強いシグナルに加え、レアメタルであるクロムとマンガンの発する微弱なX線のシグナルを検出することに成功しました(図3参照)。核融合暴走型の超新星爆発では、その内部が50億℃以上もの高温になるので、鉄とともにクロムやマンガンが生成されることは理論的に予測されていましたが、実際にその生成現場が宇宙で特定されたのは、初めてのことです。
クロムとマンガンは、日本で国家備蓄が義務づけられているレアメタル7種(ニッケル、クロム、タングステン、モリブデン、コバルト、マンガン、バナジウム)のうちの2つです。鉄にクロムやニッケルを加えると、ステンレスと呼ばれる、さびない優れた素材となりますが、包丁などの刃物としては切れ味が悪くなります。逆にマンガンを加えると鉄の硬度があがるので「焼き入れ(※6)」が効果的になり、硬くて切れ味の良い刃物となります。鉄をしなやかにするクロムと、鉄を硬くするマンガンは、鉄に大きく依存した私たちの産業や生活を支える重要な元素です。
今回の観測ではクロムとマンガンの生成現場を宇宙で初めて特定しただけでなく、その生成量も測定しました。クロムとマンガンは、周期律表の上でみると、最も安定した元素である鉄の直前にあり、爆発の温度が低いほど多く生成される傾向にあります。これらは、超新星爆発の温度や物質密度を教えてくれる良い指標として、観測が待ち望まれていました。実際の「ティコの超新星」でのクロムとマンガンの生成量は、鉄の約50分の1で、爆発の理論モデルから予想される値に極めて近いことがわかります(図4参照)。あたかも、エンジンでガソリンが効率よく燃えるような燃焼と、車をギクシャクさせるノッキング(衝撃波による燃焼)を組み合わせたような爆発であったことがわかりました。
現代社会で鉄を助ける脇役として活躍しているクロムとマンガンが、宇宙において、われわれが超新星爆発を知るための主役として活躍しているのです。ちなみに地球上では、私たちが採掘できるクロムやマンガンの量は鉄の何千分の一しかありません。それに比べると「ティコの超新星」での生成量は多く、宇宙では、もはやレアメタルをレアと呼ぶことは正しくないのかもしれません。

3.超新星爆発の立体構造が初めて明らかに

われわれはさらに、超新星爆発により生成されたケイ素、硫黄、アルゴン、鉄が発する強いシグナルを詳細に調べたところ、立体的にどのように元素が分布しているのか、三次元構造を初めて明らかにすることに成功しました。

通常の観測では説明図1に示したように、正面から見た写真を撮ることは可能ですが、奥行き方向にどのように残骸が広がっているか、確認する手段はありませんでした。今回はドップラー効果(※7)により、元素が奥行き方向にどのような速度で飛んでいるかを測ることにより、その立体構造を暴き出すことができました(方法は図5を参照)。その結果、超新星残骸の中心から外に向け、重い元素である鉄と、比較的軽い元素であるアルゴン、硫黄、ケイ素などが、きれいなタマネギ状をしていることが明らかになりました。

これは最近の3Dシミュレーション研究で示されているような、爆発のときに生成された元素が複雑に混ざり合うという描像を否定しており、きわめて美しい球対称な爆発であったことを如実に示しています。3Dシミュレーション研究に修正を迫る結果です。

4.今後の展開

今回の研究は、「ティコの超新星」の残骸がX線で極めて明るかったこと、プラズマの温度が、重い元素であるクロムやマンガンを輝かせるのに十分高かったこと、「すざく」衛星の感度が優れていたことなどが幸いしました。今後は、多くの超新星残骸で同様の研究を行い、核融合暴走型の超新星爆発を完全に理解することが目標です。ティコの弟子でドイツの著名な天文学者ヨハネス=ケプラーが1604年発見した「ケプラーの超新星」の残骸などは、次の重要なターゲットです。
さらに、われわれの銀河系の内部だけでなく、近くの銀河である大マゼラン星雲、小マゼラン星雲にある残骸も重要です。マゼラン星雲は、われわれの銀河と違って重元素の量が少なく、太古の宇宙環境を維持していると考えられています。このような場所での超新星爆発を調べることは、重元素の量が少なかった昔の宇宙を調べることにつながります。マゼラン星雲は遠いので「すざく」衛星では観測が難しいのですが、現在計画が進められている次世代X線天文衛星ASTRO-Hに搭載される、よりエネルギー分解能の高い装置を用いれば、同じような研究ができると期待されます。
太古の宇宙でも超新星爆発が同じような振る舞いをすることを確認して初めて、それが遠方宇宙のダークエネルギーの測定に使えるのです。

図3:すざくで観測したクロムとマンガンのシグナル

(c) RIKEN/Tamagawa
元素は高温のプラズマ中で、それぞれ特有のエネルギーをもった電磁波を放出する。これを輝線と呼び、その元素がそこに存在することを示す明確なシグナルとなる。鉄の強い輝線の左側に、クロムとマンガン特有の輝線が観測されているのがわかる。戻る

図4:鉄、マンガン、クロム、ケイ素、酸素の組成の比較


(左)宇宙における元素組成。鉄に比べてマンガンやクロムは100分の1程度しかない。地球に多く存在するケイ素や酸素に比べると、その少なさが際立つ。(右)ティコの超新星爆発で観測された生成量マンガンやクロムの生成量は予想通り少なく、理論モデルによる値と極めて近いことがわかる。戻る

図5:ドップラー効果を利用した超新星爆発の三次元構造の測定

(c) RIKEN/Tamagawa
(左上)超新星爆発を横に切ってみると、3次元的に広がっている場合、自分のほうに近づいてくる元素と、自分から遠ざかる元素がある。ドップラー効果によって、近づいてくる元素の輝線は青くなり、遠ざかる元素の輝線は赤くなる。上下に飛び出す元素は近づきも遠ざかりもしないので、輝線のエネルギーは変化しない。(右上)超新星爆発を正面から見ると、中心部分は遠ざかる元素と近づく元素の両方を同時に見ることになるので、輝線の幅は広がって見える。いっぽう周辺部は、近づきも遠ざかりもしないので、輝線の幅は変化しないはずである。
(左下)すざくで観測した、超新星残骸周辺部の鉄輝線付近のスペクトル。緑は解析により、鉄の寄与だけを取り出したもの。一本の輝線でうまく表すことができる。(右下)超新星残骸中心部分のスペクトル。赤は観測者から遠ざかる鉄、青は観測者に近づく鉄の成分を示している。観測結果は、みごとに中心部の輝線が広がっていることを示している。戻る

補足説明

※1 X線天文衛星「すざく」

2005年7月10日に宇宙航空研究開発機構(JAXA)内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられた、わが国5番目のX線天文衛星。これまでに、われわれの銀河系の中心部の激しい活動、隠されたブラックホールの発見、宇宙線の起源解明など、数多くの成果を挙げてきた。「すざく」衛星のページ(JAXA) (戻る

※2 レアメタル

鉄やアルミニウムなどの金属とは違い、その生産量や埋蔵量が限られている希少金属のことを指す。
レアメタルは機能材料として優れているので、産業界のあらゆる場面で用いられる。しかし、産出国が南アフリカや中国などに偏っているので、近年はその確保が国家的な課題となっている。戻る

※3 クロムとマンガン

クロム(Cr:原子番号24)とマンガン(Mn:原子番号25)は、周期律表で鉄(Fe:原子番号26)の直前に位置を占める兄弟元素。
鉄はクロムやマンガンを含むことで、さまざまな機能材料となり、現代社会で重宝されている。クロムはギリシャ語のクローマ(色)に由来しており、その化合物はさまざまな色を持つ。鉄・ニッケルとの合金はステンレスと呼ばれており、耐食性を持つ優れた素材である。
マンガンは硬いが脆い金属であるが、鉄との合金は焼き入れ性や強度が向上するので、自動車の車体、レール、産業機械など、ありとあらゆるところで利用されており、製鉄業界では欠かせない元素である。資源の大半を南アフリカに依存しているが、日本近海にもマンガン団塊として大量の資源が眠っている。ただし、それを採掘する方法は発見されていない。 (戻る

※4 核融合暴走型(Ia型)の超新星爆発

太陽の8倍より軽い恒星は、その一生の最後に、地球ほどの大きさに縮んで冷えていき、白色矮星と呼ばれる天体となる。もし白色矮星が他の恒星と連なって回っているとしたら、その恒星から白色矮星に向けて水素ガスが流れ込む。そして重さが限界を超えたところで、核融合反応が暴走して、大爆発を引き起こす。これが「ティコの超新星」などが属する核融合暴走型(Ia型と呼ぶ)の超新星爆発の標準モデルと考えられている。Ia型は全宇宙の超新星爆発の3分の1を占め、鉄の大半を生成していると考えられているが、その爆発メカニズムはほとんど解明されていない。 (戻る

※5 ダークエネルギー

宇宙は速度を上げながら膨張していることが最近わかってきた。物質だけでできた宇宙では、速度を上げながら膨張することは決して起きないので、未知の性質を持ったエネルギーが宇宙の70%近くを占めていると考えられるようになった。これがダークエネルギーである。Ia型超新星爆発を、宇宙のどこにあっても明るさの変わらない灯台(標準光源)として用い測定するのだが、今のところ、Ia型超新星爆発のメカニズムはブラックボックスとし、その明るさの変化だけを用いる。 (戻る

※6 焼き入れ

鉄などの金属を熱してから急冷し、硬化させる作業のことを指す。この工程を焼き入れと呼ぶ。日本刀などの刃物を硬くする作業が有名だが、工業的にも鉄の合金を硬化させるために同様の作業を行う。戻る

※7 ドップラー効果

観測者のほうに向かってくる物質からとび出した光は、実際の波長よりも短く(エネルギーが高く)観測される。観測者から離れる場合はその逆に、実際の波長よりも長く(エネルギーが低く)観測される。これが光のドップラー効果である。近づく救急車のサイレンの音が高くなり、遠ざかるサイレンの音が低く聞こえる音のドップラー効果と同じである。光の速度の100分の1(秒速3000キロメートル)で飛んでいる物質ですら、鉄のX線信号は、エネルギーの約200分の1しか値が変化しない。現在の装置でとらえられる限界に近い値である。戻る

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