藤原定家の超新星は非対称爆発だった

X線天文衛星「すざく」が明らかにした標準光源の「ゆがんだ」形状

2013年7月2日 京都大学プレスリリース

ポイント


概要

 京都大学の 内田裕之 学振特別研究員、同 小山勝二 名誉教授、ハーバード・スミソニアン天体物理学センターの 山口弘悦 研究員らの研究グループは、日本のX線天文衛星「すざく」を用いて、藤原定家が記録した1,000年前の超新星爆発の非対称な形状を明らかにしました。
 藤原定家は1006年に超新星爆発があったことを「明月記」に記録として残しました。その記録と現在の研究から、この超新星※1は史上最も明るく輝いた核暴走型超新星といわれています。この型の超新星はIa型と呼ばれ、明るさが一定のため、標準光源※2として宇宙の加速膨張※3の発見に寄与してきました。明るさが一定の標準光源であるためには、爆発がすべて一様、対称でなくてはなりません。ところが、「すざく※4」の観測から、SN1006は鉄などの元素がある方向に偏った非対称爆発だったことがわかりました。宇宙の標準光源に使われるIa型超新星は予想外に「ゆがんだ」爆発をしていたのです。
   今回の発見は、Ia型超新星を標準光源として用いる多くの研究に一石を投じるものです。さらに天文学上の大きな未解決問題、「星の爆発のメカニズム」を解き明かす重要な手掛かりを与えるものです。本研究成果は米国の科学雑誌『アストロフィジカル・ジャーナル』(771号:7月1日発行)に掲載されました(Uchida, Yamaguchi & Koyama 2013, ApJ 771, 56)。
 


図1:「すざく」がX線で撮像したIa型超新星残骸SN1006(RGBカラー)

赤が低エネルギー、青が高エネルギーのガスの分布を表す。地球からの距離は約7000光年で西暦1006年に爆発した超新星の残骸。ほぼ丸い形状で直径は約60光年。超新星爆発はこの中心で起きたと考えられる。

解説

1. 背景

 星は一生の最期に大爆発を起こして「超新星」として輝きます。このうち核暴走型の超新星をIa型と呼び、その明るさは一定と考えられてきました。しかし、実のところ爆発の詳しいメカニズムはまだよくわかっていません。いくつかの研究が指摘するとおり、最近ではIa型超新星の個々の明るさが同じであるという一様性にも疑問が投げかけられ始めています。Ia型の真の姿を明らかにするには、星が爆発時にどのような状態にあったかを観測で知る以外に方法がありません。とくに爆発時に星が生成する酸素・ケイ素・鉄などの元素分布を明らかにできれば、解明への大きな一歩となることがわかっています。しかし、はるか彼方の銀河で起きるIa型超新星の観測から直接こうした元素の分布を知るのはほぼ不可能です。このため、決定的な検証材料が不足していました。

2. 研究手法と成果

 私たちは天の川銀河の中で1,000年前に爆発したSN1006に着目しました。SN1006は藤原定家の日記「明月記」にも記録の残る、京都にゆかりのある超新星です。1,000年後のいま、SN1006は直径60光年、地球から見ると満月の大きさに匹敵する巨大「超新星残骸」としてX線で明るく輝いています。研究グループは、過去最高感度を持つ日本のX線天文衛星「すざく」を用いてこの天体を観測しました。
 超新星爆発で生じる爆風は衝撃波を形成し、毎秒約1万キロメートルもの速さで宇宙空間に広がります。衝撃波は約1,000年で直径数十光年の大きさに膨張し「超新星残骸」を形成します。その内部には、100万度から数1,000万度に加熱された星の残骸が充満してX線で輝いています。超新星残骸をX線で観測すれば、爆発で飛び散った星の残骸の分布状況を調べることが可能です。
 「すざく」のX線イメージから、衝撃波で形成されたSN1006の外殻はきれいな円形をしていました(図1)。Ia型は一般に爆発は等方的、かつ星間ガスも希薄で一様なため、爆風は等方的に広がり、その結果、残骸の形状は円形になります。なかでもSN1006は完全に近い円形を示していました。感度に優れた「すざく」はこの内側で様々な元素の特性X線を検出しました。図2にSN1006のX線エネルギースペクトルを示します。研究グループは、これらの元素が超新星爆発時に白色矮星の中で合成され宇宙空間に撒き散らされたものであることを突き止めました。 このようにしてSN1006の内部に充満した元素は、1,000年前の爆発時の白色矮星の内部の元素分布をよく保存しています。従来の標準的なIa型爆発理論に従うなら、その丸い外殻に充満する星の残骸もまた丸い形状のまま膨張していると予想されます。
 ところが、「すざく」の観測結果はこの予想を完全に覆しました。星から飛び散ったケイ素・硫黄・鉄などの重い元素は、明らかに一方向に偏って分布しています(図3にケイ素の例を示す)。これに対して酸素などの軽い元素は、ほぼ一様に分布していました。ほかの天体との衝突ではこの分布を説明することができません。私たちは、SN1006のもとの星がIa型爆発を起こした際、重い元素だけがある方向に「ゆがんだ」まま爆発したことを突き止めました。「定家の超新星」の現在の姿から、過去に遡って1,000年前の爆発の様子を見ることに成功したのです。

3. 波及効果

 従来考えられてきた最も単純な爆発メカニズムの場合、Ia型超新星には個性がほとんどなく明るさは一定になります(標準光源)。今回の発見のようにIa型が「ゆがんだ」爆発をするなら、観測方向によって明るさが異なって見えるはずです。つまり標準光源として使用するには「明るさの補正」をしなければなりません。 正しい「補正」をするためにはIa型超新星の具体的な爆発メカニズムを知らなければなりません。
 最近、爆発シミュレーション研究から、星がIa型爆発を起こす際、内部の鉄は必ず一方向に偏るという説が提案されていました。しかし、観測的に十分な証拠は見つかっていません。 今回の研究は、鉄だけでなくケイ素など様々な元素の「ゆがんだ」形状分布、すなわち、Ia型超新星の爆発時の元素分布を初めて明らかにしたものです。このような分布が観測的に得られたことで、標準光源としての爆発メカニズムの解明を大幅に進展させることができます。

4. 今後の予定

 今回観測したSN1006内部のケイ素や鉄は、奥行き方向にも偏っている可能性があります。これを検証するため、蛍光X線のドップラーシフトの検出と膨張速度の測定を目指します。このためには2015年に打ち上げる日本のX線天文衛星ASTRO-Hが必要です。さらに京都大学などが開発しているASTRO-H搭載用新型CCDカメラを併用することで、世界に先駆けてSN1006の“立体”構造の全貌解明に挑戦します。

補足説明

※1 超新星
星が一生の最期に起こす大爆発です。こうして星の中で生成された様々な元素が宇宙空間に撒き散らされます。具体的な爆発のメカニズムはまだわかっていませんが、重い星が爆発する「重力崩壊型」と白色矮星が爆発する「核暴走型(Ia型)」の2タイプに分けられます。SN1006は後者に分類されます。

※2 標準光源
Ia型超新星は決まった明るさで輝くと考えられています。遠くの超新星ほど見かけの明るさは暗くなるので、これを利用して天体の距離を正確に測るための物差しとして使われます。これを宇宙の標準光源と言います。

※3 宇宙の加速膨張
標準光源を用いてはるか遠方の銀河の距離を測定することで、私たちの宇宙の巨大な構造を知ることができます。その結果、宇宙の膨張が加速していることが明らかになり、この意外な発見に対して2011年にノーベル物理学賞が授与されました。

※4 すざく
日本が2005年に打ち上げたX線天体を観測するための人工衛星です。日本のX線天文衛星としては、1979年の「はくちょう」から5代目に当たります。日本は「すざく」の次期X線天文衛星として「ASTRO-H」の打ち上げを2015年に予定しています。




図2:「すざく」が観測したSN1006内部のX線スペクトル

X線のエネルギーごとの強度分布を表示している。 酸素から鉄まで様々な元素の特性X線が確認できる。 これらは超新星爆発で白色矮星から飛び散った星の残骸である。




図2右:SN1006内部の軽い元素に対する重い元素の分布図。

(左)図1と同じ。比較用。(右)酸素の量に対するケイ素の割合で表示してある。白や黄色の部分でケイ素が多く、赤や青の部分では少ない。ケイ素などの重い元素は、中心から左下(南東の方角)に偏っている。





図4:SN1006の元素分布の模式図

地球(すざく衛星)からSN1006を見ると、円形の外殻に対して鉄やケイ素などの重い元素は南東に偏っている。一方、酸素などの軽い元素はほぼ中心対称に分布していると考えられる。


研究代表者

京都大学大学院理学研究科 宇宙線研究室X線グループ
 日本学術振興会特別研究員 内田 裕之 (うちだ ひろゆき)
 TEL: 075-753-3843
 E-mail: uchida [at] cr.scphys.kyoto-u.ac.jp

研究グループ

小山 勝二 (京都大学 名誉教授)
山口 弘悦 (ハーバード・スミソニアン天体物理学センター 研究員)