Astro-E2で切り開く新しい宇宙像 ー 第一期公募観測に向けて ー

天文月報 2004年8月号 天球儀 pp. 479-485 掲載 (この文章の著作権は日本天文学会にあります)
国枝秀世
宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部
〒229-8510 神奈川県相模原市由野台3-1-1

日本語要旨

Astro-E2衛星は2005年2月打ち上げを目指し準備が進められています。本稿で は、Astro-E2衛星の概要と、第一期公募観測(〆切2004年8月18日)に向けて 観測提案の参考となる情報を述べたいと思います。

1. はじめに

 宇宙航空研究開発機構(JAXA) 宇宙科学研究本部(ISAS)では次期X線天文衛星 「Astro-E2」を2005年(平成17年)2月に打ち上げるべく準備を進めています。 この衛星の復活につきましては、天文学会を始めとする関係者の皆様の御協力 を頂いたことを御礼申し上げます。さて、Astro-E2衛星をより多くの天文学関 係者に活用して頂くため、打ち上げ後約7ヶ月間の衛星の軌道上試験および試 験観測の後、公募観測を開始します。本稿では、広い分野の研究者の皆様から 応募していただく際に参考になるよう、Astro-E2衛星の概要・科学的目標・観 測公募と提案の準備の仕方などを述べたいと思います。より詳しい公募内容お よび技術資料は、 Astro-E2ホームページ からたどることができます。

2. Astro-E2衛星

2-1. 衛星概要

Astro-E2衛星の最大の特徴は、6-7 eVのエネルギー分解能による高分解能X線 分光と、0.2-600 keVの広帯域X線分光です。Astro-E2には5台の軟X線望遠鏡と 1台の硬X線検出器が搭載されています(図 1)。軟X線望遠鏡はそれぞれX線反 射鏡(XRT = X-Ray Telescope)と焦点面検出器の対からなっています。その 焦点面検出器の1台が、X線マイクロカロリメータアレーを検出器とするX線分 光器 (XRS = X-Ray Spectrometer)です。これは0.3から12 keVのエネルギー 範囲を半値幅 6-7 eVの高いエネルギー分解能で観測します。残りの4台のX線 望遠鏡の焦点面検出器はX線CCDカメラ(XIS= X-ray Imaging Spectrometer) で、エネルギー分解能はXRSに比べて劣るものの(6 keVで半値幅約130 eV)、 広い視野にわたる撮像能力を担っています。5台のXRTはレプリカ法によって製 作された斜入射X線フォイルミラーを、同心円状に約170枚並べた多重薄板型の X線反射鏡です。焦点距離はXIS用が4.75 m、XRS用が4.5 mでともに金でコーティ ングされています。これらの軟X線望遠鏡は0.2 keVから 12 keVのエネルギー 範囲に感度を持ち、それ以上600 keVまでは硬X線検出器(HXD = Hard X-ray Detector)がカバーします。表 1にAstro-E2の観測装置の性能諸元を示します。 以下、各検出器についてもう少し説明します。


図1: Astro-E2衛星の構造。右は、軌道上での衛星の姿。左は、観測装置の配置 を示すため、衛星の横外壁を取り除いた状態で示しました。X線望遠鏡が取り 付けられている光学ベンチは、軌道上で約1.5m伸展されますが、左の図では打 ち上げ時の格納状態を示しています(宇宙科学研究本部提供)。

表 1. Astro-E2衛星の観測装置性能
XRT + XIS XRT + XRS HXD
エネルギー範囲 0.2 - 12 keV 0.3 - 12 keV 10 - 600 keV
有効面積 1460 cm^2 (4台分@1.5 keV) 190 cm^2 (@1.5 keV) 160 cm^2 (@20 keV) 330 cm^2 (@100 keV)
焦点距離 4.75 m 4.5 m
望遠鏡角分解能(*) 2' 2'
視野 18' × 18' 2.9' × 2.9' 0.56 deg × 0.56 deg (約100 keV以下で) 4.5 deg × 4.5 deg (約100 keV以上で)
画素の大きさ 1.1" × 1.1" 0.49' × 0.49'
画素数 1024×1024 30 (6×6配置)
エネルギー分解能(**) 130 eV (@6 keV) 6.5 eV 3.0 keV 7.6/sqrt(E/MeV) %
時間分解能 7.8 ms - 8 s ~ 100 micro s ~100 micro s
*: 点源からの光子の1/2がはいる直径; **: 半値幅

2-2. XRS

X線マイクロカロリメータは、入射したX線光子1つ1つのエネルギーを素子の温 度上昇として検出するもので、優れたエネルギー分解能と100\%に近い高い検 出効率を同時に合わせ持っています。これに対して、チャンドラ衛星(アメリ カ)とXMMニュートン衛星(ESA)には分散型の回折格子分光装置が搭載されて おり、すでに大きな成果を挙げていますが、これらと比べてXRSには強みがあ ります。図2ではこれらの観測装置と、Astro-E2衛星搭載XRSの性能比較を行なっ ています。図2(左)はX線望遠鏡と検出器を込みにした有効面積をX線エネルギー の関数として示したもので、(積分時間一定の場合の)検出感度のよい目安と なります。図2(右)にはエネルギー分解能をエネルギーの関数と示しました。 これらから、約2 keV以上のエネルギー範囲では検出感度・エネルギー分解能 の両方でXRSが最も優れていることがわかります。分散系の分光器は、検出効 率が低く、空間的に広がったX線源の観測に制約があります。宇宙観測で重要 な、鉄からのK特性X線(静止系で6.4-6.9keV)の観測や、銀河団や超新星残骸 など空間的に広がった天体の高分解分光観測はAstro-E2 XRSの独壇場となるで しょう。


図2: X線高分解能分光装置の比較。(左)X線反射鏡の有効面積と検出器の検出 効率を組み合わせた全有効面積。(右)エネルギー分解能。チャンドラ衛星や XMMニュートン衛星の分散系分光器と比較して、約2 keV以上のエネルギー範囲 では有効面積・エネルギー分解能において、Astro-E2 XRSがもっとも優れてい ることがわかります。

XRSは宇宙の高エネルギー現象の研究に新しい局面を切り開くと期待されます。 XRSの特徴を生かす観測は、広がったX線源の分光観測と、点源であっても2 keV以上のエネルギー範囲が重要な分光観測で、かつ、単にスペクトル線を検 出するだけでなく、6 eVの分解能でスペクトル構造を分解することが本質的に 必要な観測です。次章のシミュレーションで示すように、100 eVの分解能では 1本の輝線にしかみえなかった鉄のK輝線が、XRSでは共鳴線、禁制線などに分 解されます。これらの輝線の微細構造はX線を出すプラズマの電子密度や、輝 線を出すイオンが光でイオン化したのか熱的な分布の電子でイオン化したのか などのイオン化の素過程などを反映するため、プラズマ診断の強力な手段とな ります。一方、輝線や吸収線スペクトルは、様々な原因で10 eV程度のエネル ギー偏移や線幅の広がりを持つと予想されます。輝線の中心エネルギーの決定 精度は十分な光子統計があれば2 eVとなると期待され、6-7 keVのエネルギー の輝線であれば、数100 km s-1の運動が輝線のエネルギー偏移から検出可能で す。したがって、 X線連星のX線星自身の運動や、降着流の運動、銀河団内の 高温ガスの巨視的な運動などを決定することができます。

2-3. XIS

XISは撮像と中程度のエネルギー分解能での分光を行います。4台のXISのうち、 2台は表面照射型、もう2台は裏面照射型CCDが搭載されます。いずれのCCDも、 チャンドラ衛星に搭載されたACIS検出器と同じくマサチュセッツ工科大学リン カーンラボ製ですが、これまでの経験に基づいて様々な改良が加えられていま す。以下、チャンドラ衛星およびXMMニュートン衛星に搭載されたCCDカメラと 比較しながら、XISの特徴を紹介します。最も大きな違いは軌道上での放射線 レベルです。両衛星は地球から離れる長楕円軌道をとっていますが、その放射 線は予想より大きく、チャンドラでは低エネルギー陽子による損傷でエネルギー 分解能が劣化しました。またXMMニュートン衛星では非X線バックグラウンドが 大きく、しかも激しく時間変動をします。それに対してAstro-E2衛星では、放 射線が低く、その性質もよくわかっている低周回軌道を選択しています。その 結果、両衛星に比べ、放射線ダメージおよび非X線バックグラウンドが低く、 時間的にも安定していると予想されます。さらに、XISでは裏面照射型のCCD素 子に改良が加えられ、XMMニュートンおよびチャンドラに比べて1 keV以下での エネルギー分解能が著しく改善されました。有効面積はチャンドラより大きく、 ほぼXMMニュートンのそれに匹敵します。以上の特徴より、広がったX線放射に ついてはこれまでで最も感度の高いX線検出器となると予想されます。また、 一般にCCDは明るいX線源の観測が容易でないという問題がありますが、XISで は色々なモードを備え、最大時間分解能は7.8 msecに達するとともに、かに星 雲並みの明るいX線源も観測が可能です。

2-4. HXD

硬X線検出器は無機シンチレータのガドリニウム・シリケイト(GSO)とシリコ ン検出器を組み合わせたもので、10-600 keVの範囲の硬X線を観測します。筒 状に伸びた井戸型のシールド用シンチレート(BGO)で主検出部を囲うことで、 周りからの雑音ガンマ線や宇宙線を徹底的に除去し、特に10-300 keVで世界最 高の感度を実現します。

3. Astro-E2衛星による科学的目標

観測立案を効率よく進めるために、これまでにAstro-E2サイエンスワーキング グループ(SWG = Science Working Group;ハードウエアとソフトウエアの開 発者を中心とするAstro-E2衛星の科学的方向性を議論するグループ)によって、 Astro-E2の能力を最大限に生かす観測計画が立案されています。ここでは、その 観測対象を例にとって、Astro-E2衛星による典型的な科学的目標を説明します。

3-1. 銀河団

銀河団は可視光では数十から数百個の銀河の集まりですが、X線ではそれらの 銀河間を満たすように広がっている温度1000万度から1億度の高温ガスとして観 測されます。強い鉄のK輝線を放射し、広がった天体である銀河団は、XRSの特 長を最も活かすことのできる天体の一つです。

高温ガスは銀河から放出された大量の重元素を含んでおり、高階電離したイオ ンからの輝線スペクトルが観測されます。銀河団は等温で力学的に平衡状態に 達していると考えられてきましたが、「あすか」衛星などのX線観測により、 大規模な高温ガス同士の衝突や合体による進化の途中であることが明らかになっ てきました。図3(左)はチャンドラ衛星で観測されたAbell 3667銀河団のX線画 像です。中心から東南(左下)の方向で輝度が急激に落ちている部分があること がわかります。いっぽう、ガスの温度はその最前部を境に約2倍も高くなって いました(Vikhlinin et al. 2001, ApJ, 551, 160)。内側の冷たいガスは1000 km s-1もの速さで動いていることが予想され、まさに銀河団内でガスが衝突し ている現場と考えられます。このような、ガスの高速運動の存在を示唆する温 度や輝度、あるいは重元素の複雑な構造は、他の多くの銀河団でも見られ、銀 河団に共通の描像となっています。ただし、その状況証拠はあっても、実際に はまだ誰もその現場をつかんでいません。XRSの観測によって初めて、銀河団 ガスのダイナミックな運動を直接捕らえることができるのです。

図3(右)がXRSでAbell 3667を観測した場合に予想されるヘリウム様(24階電離) の鉄のK輝線スペクトルです。黒色が中心部、青色が東南部からのスペクトル で、視線方向の相対速度が約700 km s-1あった場合を仮定しています。エネル ギー準位の違いによっていくつかの輝線に分離されますが、一番強く高いエネ ルギーの輝線が共鳴線です。この共鳴線を使って、東南部のガスが相対的に動 いていることによって生じるドップラー偏移をはっきりと検出することができ ます。その輝線の中心エネルギーのずれを測ることにより、ガスの運動速度を 100 km s-1以下の精度で知ることができます。さらに、輝線幅からガス全体が 一様に同じ速度で動いているのかどうかが、輝線強度からはこの運動に伴って どの程度の量の重元素が移動しているがわかります。従来の静止画から、こう した「動画」を捕らえることにより、銀河や銀河団がどのような力学的過程を 経てにして今の姿に至ったのか、さらには宇宙全体がどのように進化してきた のかを探る手がかりとなります。


図3: (左) Abell 3667銀河団のチャンドラ衛星によるX線画像。(右) XRSによ る鉄K輝線周りのスペクトルのシミュレーション。黒色:左図の中心部の四角 の領域。青色:東南部。

3-2. 超新星残骸

宇宙に存在する重元素は、ほとんどが超新星爆発の際に進む核融合反応で生成 されます。爆発物質はやがて広い星間空間へと拡散されていき超新星残骸と呼 ばれる天体になります。よって超新星残骸を観測することによってどれだけの 重元素が爆発の際に作られ、どのように撒き散らされていくかを探ることがで きます。そのプロセスの理解は宇宙の化学進化解明への礎となるものです。 XRSの高いエネルギー分解能は、いままでは測定が難しかったニッケルやスカ ンジウムなどの希少な元素を含めて、爆風中に存在する重元素に伴う輝線を捕 らえることと期待されています。また、100 km s-1程度のイオンの動きを捉え ることができ、今までより、一桁以上の年齢の超新星残骸の爆風の動きまで捉 えることができます。

図4は銀河系中心のごく近傍に存在する超新星残骸候補Sgr A Eastから期待さ れるXRSスペクトルのシミュレーションです。図中の各矢印はヘリウム様の鉄 イオンから発せられるK輝線で、一番強度の強い輝線が共鳴線です。いっぽう、 禁制線も見えます。各輝線の強度比からプラズマの温度や年齢に強い制限をつ けることができます。


図4: 超新星残骸候補Sgr A EastのXRSスペクトルのシミュレーション。

超新星の爆風は周りの星間物質と衝突して衝撃波を発生します。X線を発する ような高温プラズマはこの衝撃波によって加熱されてできたものです。衝撃波 自体は宇宙のいたるところで発生していると考えられていますが、超新星残骸 はその中でも最も素性のよい実験場です。したがって、宇宙物理学の素過程で ある衝撃波加熱や粒子加速などの検証を目指した観測も、超新星残骸を使って Astro-E2でさかんに行われることでしょう。

4. 観測提案について

4-1. 公募概要

今回の公募(AO-1)は、2005年9月より1年間の観測を対象としており、全世界 の研究者に開かれています。この期間の全観測時間は、姿勢制御・衛星の保守・ 装置の較正等の時間 (Observatory Time) 5%、および緊急的な観測 (TOO = Target of Opportunity) のための時間として3%を確保した残りの実観測時間 を、(1) Astro-E2 SWGが25%、(2) 日本観測時間37.5%、(3) 米国側観測時間 32.5%、(4) 日米共同観測時間5%、の割合で配分することになっています。こ のうち、日米共同枠は、同じ天体について独立な提案が日米で提案された場合、 両提案者が共同観測を希望するなら、この枠に取り込みます。また日本側観測 時間の中から6%を、日欧共同観測としてESAからの観測提案に割り当てます。 したがって純粋な日本観測時間は31.5%、1日の実観測時間を37キロ秒とすると 3860キロ秒になります。さらに、日本・米国・ESA以外の国の研究者からの提 案も日本枠に提案できますが、ESA枠を越えない範囲とすることになっていま す。

 採用された提案に基づく観測データは、基本処理を済ませたデータを提案者 が取得可能になった後、1年間の占有期間があります。占有期間が過ぎたあと はアーカイブデータとして全世界に公開されます。

4-2. 観測提案の手引き

ここで、観測時間を獲得するために、観測提案にぜひとも書いておくべき事 柄をまとめておきましょう。まず、Astro-E2の観測装置がその研究に最も適し ていると示すことが重要です。特に、Astro-E2の大きな特長であるXRSの冷媒 に寿命(約2.5年)があるため、冷媒がある間はXRSを必要とする科学的目的が 優先されます。XRSを大いに生かすアイデアが採択の鍵となります。次に、そ の目的がAstro-E2による観測で達成できるかどうか、観測可能性が示されてい ることが重要です。提案する観測時間の長さについては、目的とするサイエン スに必要な光子統計を考慮して、十分な理由付けを提案書に明記して下さい。 この観測可能性を調べるために、いくつかのソフトウエアが用意されています ので、目的に応じて利用して下さい。手に入れる方法や使用例などは技術資料 にありますので参照して下さい。

詳しい応募方法などは Astro-E2 ホームページにありますのでご覧下さい。 AO-1の〆切は8月18日 (水)です。皆様のご応募をお待ちしております。