多入力SQUIDによる信号多重化

私たちの研究室ではTES型マイクロカロリメータ (以下TES) の大規模なアレイ化の実現に向けて、信号多重化技術の開発にも取り組んでいます。
マイクロカロリメータは極低温で動作するため、アレイ化では配線からの熱流入、またシステムが複雑になることが問題となります。
それらの問題を解決するのが、極低温で複数の信号をまとめて読み出す "信号多重化" であり、アレイ化の実現のための最も大きな課題です。
世界中で様々な方式で開発が進んでいますが、現状では確立した手法はなく数素子レベルでの試験段階です。

信号読み出し素子 SQUID (Superconducting QUantum Interference Device;超伝導量子干渉素子)

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図1: SQUID図2: 読み出し回路

TES型マイクロカロリメータの信号読み出しにはSQUIDと呼ばれる磁束電流計 (図1) が使われます。
SQUIDは超伝導体リングに薄い絶縁膜を挟んだ (これをジョセフソン接合といいます)素子で、リング中に入る微小な磁束 (~10^(-15) Wb) に対して高い感度を持っています。カロリメータ信号をコイルを通して磁束に変えてこのSQUIDに入力する事により、微小な出力電流を極低温下で高く増幅する事が出来ます。
図2はTESの読み出しの回路図です。抵抗を用いて低電圧バイアスされたTESにX線が入射すると、発熱によりTESの抵抗が上がり、流れている電流が変化します。この電流の変化をSQUIDで検出し、オペアンプなどの増幅器で増幅し読み出します。

信号多重化の2つの方式

信号多重化の方式は、時分割方式 (TDM: Time-Domain Multiplexing) と周波数分割方式 (FDM: Frequency-Domain Multiplexing) に分けられます。

時分割方式

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図3: 時分割方式

時分割方式は、SQUIDを順次オンオフ (それぞれ臨界状態と超伝導状態に対応する) することによって時間を区切って複数のカロリメータの信号を読み出す方法です。図3で、n個のSQUIDのうち、オン状態になっているのは一つだけです。SQUIDのスイッチングをX線パルスの時定数よりも十分速く行なえば、すべての素子の信号を読み出すことができます。
この方法では、カロリメータ自身は通常の直流バイアス状態が維持されます。また、オフ状態 (超伝導状態) のSQUIDにつながったカロリメータのノイズは加算されません。ただしスイッチングを行なうSQUIDのノイズは加算されるため、低ノイズのSQUIDが要求されます。また、SQUIDの高速スイッチング回路(~MHz)やオンオフされたSQUIDのフィードバック (磁束固定ループ) 回路が必要になり、回路構成は複雑になります。
時分割方式はNIST (米) によって開発が進められており、現状では8素子の同時読み出しが報告されています。

周波数分割方式

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図4: 周波数方式

周波数分割方式は、図4の1に示すように複数のカロリメータを異なる周波数で交流駆動することにより素子ごとに異なる周波数変調をかけ、それらの信号を加算してひとつのSQUIDで読み出す方式です。私たちの研究室ではこの方式を世界に先駆けて提唱し、採用しています。
加算された信号は、図4の2に示すように室温においてそれぞれの駆動周波数でフィルタをかけて復調し、それぞれの素子からの信号を取り出します。変調はX線パルスの時定数よりも十分高速である必要があり、信号帯域や加算数にもよりますが、時分割方式と同様数百kHzからMHz程度の周波数が必要です。
周波数分割方式は私たちの研究室 (ISAS/JAXA) の他に、SRON (オランダ)、LLNL (米)、UC Berkeley (米) などで開発が進められています。

磁場を用いた独自の加算方式の開発

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図5: 磁場加算方式
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図6: 8入力SQUID

周波数分割方式は変調信号の加算方法でさらに分類されますが、私たちの研究室では独自に多入力SQUIDを用いた磁場加算方式を提案してきました。磁場加算方式は、図5に示すように多入力SQUIDと呼ばれる一つのSQUIDワッシャーに複数の入力コイルを結合させたSQUIDを用いることで、複数のカロリメータからの信号を読み出すというものです。
図6がその多入力SQUIDの内の一つで、2006年にセイコーインスツルメンツ社と共同開発した8入力SQUIDです。四角い8つの入力コイルが見て取れます。ジョセフソン接合は中心部分に存在しています。
読み出したいカロリメータごとに駆動回路を用意し、それぞれの回路の入力コイルを多入力SQUIDに磁気的につなぎます。それぞれのカロリメータからの電流出力は多入力SQUIDで磁場として加算され読み出されます。この方式の利点は、素子が電気的に絶縁されるためクロストークが小さいこと、また回路構成がシンプルになるということです。

この方式の実現のためには、多入力SQUIDの開発、また高速SQUID駆動回路の開発が必要となります。
これまでに、セイコーインスツルメンツ社と共同で4入力SQUIDを開発し (文献[1])、CABBAGEと呼ばれるブリッジ回路を応用して搬送波を除去することで、矩形波駆動による2素子加算 (文献[2])、正弦波駆動による2素子加算 (文献[3]、文献[4]、文献[5]) に成功しました。さらに最近では、4入力SQUIDを高速駆動のため最適化した8入力SQUIDを開発し (文献[6])、その評価を進める (文献[7]) とともに、高速SQUID駆動回路の開発 (文献[8]、文献[9]) を行っています。

文献

[1]"Multi-pixel readout of trantision-edge sensors using a multi-input SQUID", 1999, NIMA, 436, 252
[2]"New Readout Method for High Energy Resolution X-ray Microcalorimeters ", T.Miyazaki, 2000, PhD thesis
[3]"Multi-pixel readout of TES calorimeters", 2003, SPIE
[4]"Frequency-domain multiplexing of TES microcalorimeter array with CABBAGE", 2004, NIMA, 520, 566
[5]"交流駆動によるTES型X線マイクロカロリメータの信号多重化の研究と断熱消磁冷凍機を用いた試験環境の開発"、2004年修士論文 東京大学理学研究系 市坪太郎
[6]"Frequency Domain Multiplexing of TES Signals by Magnetic field summation", 2006, IEICE
[7]"X線マイクロカロリメータ信号多重化用8入力SQUIDの性能評価"、2007年修士論文 東京大学理学研究系 木村俊介
[8]"Frequency-domain Multiplex with eight-input SQUID and readout electronics over 1MHz", 2006, NIMA
[9]"X線マイクロカロリメータ信号多重化のための広帯域SQUID駆動装置の開発"、2006年修士論文 東京大学理学研究系 益居健介



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