「すざく」、50億光年のかなたに
宇宙で最もホットなガスを確認

概要

地球から約50億光年の距離にある銀河団RXJ1347を「すざく」衛星で観測し、その銀河団の中に3億度という宇宙で最も温度の高いガスが存在していることを確認しました。これは銀河団同士が高速で衝突、合体し、激しいガスの加熱がおきた証拠であり、銀河団がより巨大な天体へと成長していくまさにその過程をとらえた成果であると考えています。

なおこの解説記事は、N. Ota et al., Astronomy & Astrophysics (in press) に基づいています。

1. イントロダクション

銀河団とは、その名の通り多数の銀河が群れをなす宇宙で最も大きな天体です。この銀河団を目で見える光でみると、銀河がお互いの重力で引き合って寄せ集まっているように見えますが、X線で観測すると数千万度から1億度近い高温のガスが全体をすっぽりと覆っている様子が浮かび上がります (図1)。このような温度の高いガスを一つの場所に閉じこめておくためには銀河の重力だけではとても足りず、いまだに正体のわからないダークマターという物質が大量に潜んでいるといわれています。また、私たちの太陽系を含む天の川銀河もおとめ座を中心とする銀河団の一部であるといわれ、その他に今までに見つかっているだけでも1万個を越える銀河団があります。

Optical and X-ray images of RXJ1347
図1: RXJ1347銀河団のハッブル望遠鏡による可視光画像 (左) と チャンドラ衛星によるX線画像 (右)。いずれも図の一辺は110秒角で、約200万光年に対応する。


さて、銀河団のような巨大な天体がいつ生まれ、どのように成長してきたのでしょう? 我々は遠い宇宙 (つまり昔の宇宙) を観測することで、銀河団の進化の歴史に迫れないかと考えたのです。

2. 「すざく」、銀河団の中に宇宙で最も高温のガスの存在を確認

そこで日本のX線天文衛星「すざく」を使って、2006年6月30日と7月15日の2回にわたりRXJ1347銀河団を観測しました。RXJ1347銀河団は、地球から約50億光年の距離にある天体です。全体としておよそ500万光年の広がりをもち、特にX線の波長では全天で最も明るい銀河団の一つとしても知られます。

我々は「すざく」衛星の観測データから、RXJ1347銀河団の中に、なんと3億度にものぼる極めて高温のガスが存在しているという確かな証拠を得ることに成功しました。図2に「すざく」のX線CCDカメラと硬X線検出器という二種類のセンサーを両方使って実際に取得したデータを示します。これは銀河団が出すX 線のエネルギースペクトル(各エネルギーのX線がどれくらいでているか)を表しています。ここでは、X線の最高エネルギーが温度を表すと思って下さい。この銀河団のガスの平均的な温度は1億度程度ですが、そのなかに赤線のように高いエネルギーまでのびる3億度の成分があることを示しています。

X-ray spectra of RXJ1347
図2: 「すざく」衛星によるRXJ1347銀河団の観測データ。横軸はX線のエネルギーを、縦軸は各X線エネルギーに対する強度を表す。


今回見つけた3億度の高温ガスは、米国のチャンドラ衛星のX線画像も合わせると、銀河団の中で45万光年の限られた領域に集中し、スポット状に光っていることもわかります(図1右の点線で囲った部分)。

ただでさえ銀河団のガスは温度が高いのに、3億度という温度はこれまでに知られる銀河団ガスの温度と比べても数倍も高い値です。しかも、宇宙のなかで我々の知る最も高温の物質の存在を捉えたことになります。

3. 極めて高温なガスの起源は?

宇宙のなかでガスを3億度まで熱するのはそう簡単ではありません。一般に、ガスはダークマターの重力ポテンシャルに落ち込むことによって高い温度を獲得すると考えられていますが、それで説明できるのはせいぜい1億度までです。今回見つかった高温ガスはそれより数倍以上も高い温度を示しています。なお、恒星の内部では核融合反応により高温であることが知られますが、例えば一番身近な太陽の中心温度は1500万度程度です。

現在、3億度のガスの起源を説明するもっとも有力な説は、RXJ1347銀河団が最近激しい天体衝突を経験したというものです。2つの大きな銀河団同士が毎秒4000キロメートルもの猛スピードで衝突し合体すると、ガスの一部が圧縮されて加熱がおきます (図3)。これによってもともとは1億度程度だったガスの温度が3億度まで上昇し、極めて高温のX線放射として観測されたのではないかというわけです。

cluster merger
図3: 銀河団衝突の計算機シミュレーション (筑波大学 計算科学研究センター 赤堀卓也 研究員提供)。左から右へ、2つの銀河団が衝突し、ガスが圧縮されて密度が変化していく様子がみられる。特に白や黄色のところが、周辺に比べて密度が高い領域に対応する。


またこの説によると3億度のガスが生まれて消えていくまでの寿命は5億年ほどです。宇宙の100億年を超える長い歴史からすればあっという間の出来事。今回の結果は、銀河団同士がお互いの重力で引き合いぶつかり合いながら巨大な天体へと進化していく、まさに成長の一場面を捉えたということができるだろうと考えています。

4. 終わりに

これまでにも、我々の研究メンバーは、野辺山天文台の電波望遠鏡や米国のX線衛星を利用しながら、銀河団中の温度の高いガスの観測に取り組んできました。しかし、今回のように精度良く温度が決定できたのは初めてのことです。これは、「すざく」衛星によって、従来に比べて高いエネルギーのX線まで感度よく測定ができるようになったことが決め手になったといえます。

今後も引き続き「すざく」衛星のパワーを活かして、銀河団の研究を進めていく計画です。また「すざく」の次に計画されているAstro-H衛星では、銀河団衝突にともなって高温のガスが高速で運動している様子が精密に測定できる可能性があります。思いのほか激しい宇宙の進化が解き明かされていくと期待されます。

研究メンバー

参考文献