「すざく」、宇宙線の高エネルギー粒子加速源にせまる

2007年12月20日



X線天文衛星「すざく」は、地上の望遠鏡との共同観測により、銀河系の中で最も高いエネルギーの宇宙線を生成しているにもかかわらず、いまだに謎につつまれたままの天体の姿を明らかにしつつあります。この結果はNASAからもリリースされています。 こちら をご覧下さい。

今回「すざく」が観測した天体を始めとする宇宙の高エネルギー粒子加速源は、光速に極めて近い速度まで粒子を加速する興味深い天体ですが、最近まで存在が知られていなかったため、その正体は謎に包まれています。「これらの天体の正体を解明することは、宇宙物理学の数ある課題の中でも最もエキサイティングなもののひとつです。」宇宙科学研究本部の大学院生・穴田貴康氏は語ります。彼は先週San Diegoで開かれた「すざく」の国際会議で発表された論文の主著者です。

これらの謎に満ちた高エネルギー粒子加速源は、ドイツを中心とする欧州のチームがアフリカのナミビアに建設した「高エネルギー複眼観測システム」(High Energy Stereoscopic System;H.E.S.S.)の望遠鏡群(図1)によって、ほんのここ数年の間に発見されたばかりです。H.E.S.S.は宇宙空間から飛来する超高エネルギーγ線を観測する装置です。H.E.S.S.で観測されているγ線は、地球外からやってくる光(電磁波)の中でも最もエネルギーの高いものであり、日本の カンガルー望遠鏡 を始めとする他の同様の望遠鏡とともに、天文学に新しい分野を開きつつあります。

図1. アフリカのナミビアにあるγ線天文台H.E.S.S.の全景。H.E.S.S.はこの写真の4台の望遠鏡で複眼を形成し、γ線が上層大気に衝突してできる荷電粒子が放出するチェレンコフ光を捉えます。

γ線自体は地球大気の上層部で吸収されてしまいますが、空気の分子と衝突して電子を始めとする荷電粒子に崩壊し、チェレンコフ光と呼ばれる青い光を放出します。H.E.S.S.はこの青い光を捉えて、その強度や方向から、γ線のエネルギーや到来方向を決定します。

H.E.S.S.の観測は革命的なものでしたが、粒子がどこでどのように加速されているのかを知ることができるほど切れ味のよい画像は得られないという欠点があります。この問題を解決するために、いくつかの観測チームが「すざく」をH.E.S.S.天体へと向けました。どんな天体であろうと、高エネルギーγ線を放射するほどの天体はX線も放出していると考えられます。そして「すざく」には、これらの天体が放射しているであろう高いエネルギーのX線に対して検出感度が高いという特長があります。

穴田貴康氏と彼の共同研究者が「すざく」で観測したHESS J1837-069という天体(図2)は、パルサーという重力崩壊した天体から吹き出した「パルサー風」が作り出した「パルサー風星雲」によく似たX線の波長分布を示すことがわかりました。「パルサー風星雲」はエネルギーの高いX線を放射し、その強さは長い時間に渡って比較的安定しています。「HESS J1837-069からのγ線がどのように作り出されているのかはまだわかりませんが、「すざく」の観測から、この天体はパルサー風星雲ではないかと我々は考えています。」穴田氏は語ります。
図2. HESS J1837-069のγ線画像 (右図) と、同じ場所の「すざく」のX線画像 (左図)。「すざく」で得られたX線強度の波長分布から、この天体は「パルサー風星雲」と考えられます。

NASAのチャンドラ衛星とヨーロッパ宇宙機関(ESA)のXMM-ニュートン衛星は、H.E.S.S.天体の中には他にも「パルサー風星雲」があることを明らかにしています。これらのγ線やX線の観測結果を総合すると、「パルサー風星雲」はこれまで天文学者が考えていたよりもありふれていて、しかももっとエネルギーに溢れた天体であることになります。

 一方、京都の松本浩典 助教を中心とする京都大学のチームは、「すざく」を別のH.E.S.S.天体であるHESS J1614-518へ向けました(図3)。この天体は「暗黒粒子加速源」として知られるグループに属しています。「暗黒粒子加速源」からは超高エネルギーのγ線が放出されていることから、ここで粒子が光速に極めて近い速度まで加速されており、それらが宇宙線として宇宙空間へと放出されているであろうと推測されています。しかし、これら「暗黒粒子加速源」の正体は何なのでしょうか? また、どのような種類の粒子が加速されているのでしょうか?

これらの天体の正体は相変わらず謎につつまれたままですが、「すざく」の観測から、どのような粒子か加速されているのかが明らかになりました。たとえば電子が加速されたとしても、宇宙空間に存在している磁場にまとわりついて大量のX線を放射することで、すぐに減速されてしまいます。しかし陽子は電子よりも2000倍ほど重いため、ほとんどX線を放射しません。松本氏と彼の共同研究者は、前出の「すざく」の国際会議において、HESS J1614-518が極めて弱いX線源であることを報告しました。「この結果は、この天体で陽子の加速が起きていることを強く示唆しています。」と松本氏は言っています。
図3. 「すざく」は、γ線望遠鏡ヘス(H.E.S.S.)が検出したγ線源(右図)に対応するX線源を検出しました(左図)。この天体HESS J1614-518は、陽子を、ほとんど光の速度にまで加速しています。

「すざく」は「暗黒粒子加速源」を、あと2つほど観測していますが、H.E.S.S.天体の場所にX線対応天体を見つけ出すことはできませんでした。これらの天体は弱いX線源に違いなく、ほとんど陽子だけを加速していると考えられます。松本氏は「すざく衛星の高い検出により、我々は宇宙線を発生している有力候補を発見することができます。」と語っています。HESS J1614-518の「すざく」の観測結果は、2008年1月に刊行される 日本天文学会・欧文報告「すざく特集号」に掲載されることになっています。



以上の結果については、NASAからも同時プレスリリースが行なわれています。 (http://www.nasa.gov/centers/goddard/news/topstory/2007/cosmic_powerhouses.html)

「すざく」は2005年に打ち上げられた日本の5番目のX線天文衛星であり、日本の大学や研究機関、NASAのゴダード宇宙飛行センターの研究協力体制のもと、JAXAがその運用を行っています。 以下の「すざく」ホームページもどうぞご覧下さい。
http://www.astro.isas.jaxa.jp/suzaku/index.html.ja