極限まで圧縮された物質の状態を調べる新しい方法を開拓

〜 「すざく」で探る中性子星近傍の時空構造 〜




概 要

日本の「すざく」衛星と欧州のXMM-Newton衛星観測により、3つの中性子星近傍から アインシュタインの理論が予言する時空の歪みが検出されました。 これは、極限まで圧縮された中性子星のような天体の性質を詳しく調べるための新しい手法です。
 この結果はNASAからプレスリリースされています。 (http://www.nasa.gov/centers/goddard/news/topstory/2007/active_galaxy.html)


図1. 中性子星の回りを旋回する熱いガスからなる降着円盤の想像図(NASA/Dana Berry提供)。 ガスは円盤の最も内側では光速の40%もの速度になっており、 あまりの速さのため、ガスはアインシュタインの相対性理論に支配されます。 ガス中で超高温になった鉄原子は、鉄に固有の特性X線を放出します。 このX線は、実験室では、エネルギーが極めて揃っているという特徴を持っていますが、 ガス円盤の最も内側では相対論的効果の影響で、いろいろなエネルギーを示すようになります。


本 文

中性子星は、宇宙で観測できるものの中で最も高密度の物質で成り立っています。 太陽ほどの質量(おおよそ10の30乗kg)が街ほどの大きさ(半径およそ10km)の領域に押し込められています。 たとえば、中性子星からコップ数杯分の物質を掬い取ると、それはエベレスト山の総質量を超えてしまいます。 天文学者たちは、圧力を極限まで高めた時に、物質をどれだけぎゅうぎゅう詰めにできるかを調べるための天然の実験室として、 こうした重力崩壊した星を利用します。

「これは天文学と言うよりも、純然たる基礎物理学です。」NASA/ゴダード宇宙飛行センターとメリーランド大学のS. Bhattacharyyaは言います。 「中性子星の中心には、たとえばクオーク物質のような、これまで知られていない種類の神秘的な素粒子か、 あるいは、少なくとも、これまで知られていない物質状態が存在している可能性があります。 しかしそれらは地上の実験室で生み出すことは不可能です。それらを発見する唯一の方法が、中性子星を理解することなのです。」

そのような新種の素粒子や、新たな物質状態を発見するために、 科学者たちは、中性子星の直径や質量を正確に測定しなくてはなりません。 日本の「すざく」衛星やヨーロッパのXMM-Newton衛星によるプロジェクトにより、 この分野が大きく前進しました。

XMM-Newton衛星を使って、Bhattacharyyaとゴダード宇宙飛行センターのT. Strohmayerは、中性子星と普通の星の連星系の「へび座X-1」を観測しました。 彼らは中性子星表面のすぐ上空を公転している降着円盤の中の熱い鉄原子からの特性X線のエネルギー分布を詳細に研究しました。

図2. 中性子星は多くの場合、この想像図にあるとおり、伴星を伴っています。 中性子星の強い重力の影響で伴星の表面の物質はしぼり取られ、 降着円盤のなかを、らせん運動しながら中性子星へと落下して行きます。(NASA提供)


これまでのX線天文衛星も、中性子星の回りにある鉄原子の特性X線の検出には成功していましたが、 そのエネルギーを詳細に調べる能力が不十分でした。 XMM-Newton衛星の集光力のおかげで、Bhattacharyya と Strohmayer は、 極端な高速で運動するガスの中に存在する鉄原子からの特性X線のエネルギー分布の広がりを発見できたわけです。 そのエネルギー分布は、特殊相対論が予想するドップラー効果、ビーミング効果に加えて、 極めて強い重力の下で初めて現れる一般相対論的な時空の歪みによる重力赤方変移の影響も受けていることがわかりました。

「我々はこうした広がった特性X線のエネルギー分布を多くのブラックホールで見ていますが、 中性子星でもこうした現象が起きているということが初めて確認できたことになります。 中性子星に質量が降り積もる様子は、ブラックホールの場合と大差はなく、 やはりアインシュタインの理論を検証する手段となります。」 と Strohmayer は言います。

ミシガン大学の E. Cackett と J. Miller を中心とするグループは、「すざく」の非常に優れたエネルギー測定能力を利用して、 「へび座X-1」、「GX 349+2」、「4U1820-30」という3つの中性子星連星系の観測を行いました。 この3つの中性子星からはXMM-Newtonの結果を強く支持する特性X線のエネルギー分布が得られました。

図3. 「へび座X-1」の中性子星のまわりにある降着円盤の内縁を回る超高温の鉄原子からの特性X線のエネルギー分布(S. Bhattacharyya、T. Strohmayer 提供)。 横軸が特性X線の波長、縦軸がその波長での特性X線の強度。 横軸の単位オングストローム(Angstroms)は100億分の1m。 通常は鉄の特性X線のエネルギー分布は左右対称な形をしていますが、このエネルギー分布は相対論的効果で歪められた典型的な形を示しています。 鉄原子に富んだガスが極端な高速運動をすることで、エネルギー分布の広がりを生み出します。 さらに中性子星の強い重力のために、エネルギー分布全体が波長の長い側にずれます。 特性X線の強度は波長が短いほど高くなりますが、これはアインシュタインの特殊相対論に従えば、 地球に向かって高速で走るビームからの電磁放射は明るく、 同じ速度でも地球から遠ざかる向きに走るビームは暗く見えるということによっています。


「我々は中性子星表面のすぐ外側を波立ちながら回っているガスの様子を捉えたことになります。」と Cackett は言っています。 「もちろん円盤の内側は中性子星の表面よりも内側を回ることはできませんから、 我々の観測から中性子星の大きさの上限値を求めることができます。 解析の結果、中性子星の半径は、せいぜい14〜16km以下であることがわかりました。 この結果は別の方法から推定されている値と矛盾しません。」

「いまや3つの中性子星から相対論の影響を受けた鉄原子の特性X線が見えたわけですから、 我々は新しいテクニックを確立したことになります。」Miller は続けて言います。 「中性子星の質量や大きさを測定するのはとても難しい仕事です。 この仕事を成し遂げるためには、さまざまな手法を動員することが必要です。」

中性子星の大きさや質量を知ることで、物理学者は、信じがたいほどにたくさんの物質が詰め込まれたこれらの天体の「固さ」、 あるいは「状態方程式」を記述することができます。 アインシュタインの一般相対性理論を検証するのに鉄原子の特性X線を利用することに加えて、 天文学者は中性子星のまわりにできる降着円盤の内側の物理状態を調べることもできます。

XMM-Newtonの観測結果は、2007年8月1日付 「アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ」 誌に掲載されました。 「すざく」の観測結果も同じジャーナルに投稿されています。



この結果については、NASAからも同時プレスリリースが行なわれています (http://www.nasa.gov/centers/goddard/news/topstory/2007/active_galaxy.html)

以下の「すざく」ホームページも、どうぞご覧下さい。
http://www.astro.isas.jaxa.jp/suzaku/index.html.ja