藤原定家の超新星残骸は、宇宙線加速の実験室

2008年06月01日



銀河の基本構成要素・宇宙線

宇宙線とは、超高エネルギーに加速された荷電粒子(陽子や電子など)で、 宇宙空間をほぼ光の速度で飛び交っています。 宇宙線は高エネルギーなだけでなく、個数も大量にあり、 星の光や磁場といった我々の銀河の構成要素の中でも一番エネルギーをもっています。 もちろん地球にも降り注いでいて、今も指先に毎秒1個程度の宇宙線がやってきていて、 あなたの体も貫いています。 こんなに大事な銀河の基本構成要素であるにも関わらず、 発見(Hess, 1912)以来100年経った現在も、起源はよくわかっていません。 近年、日本のX線天文衛星「あすか」やアメリカの「Chandra」、ヨーロッパの「XMM-Newon」 などの活躍により、星が死ぬ時に起こした大爆発の残骸(超新星残骸)の衝撃波で 宇宙線が加速されていることがわかってきました。 日本も多くの成果をあげています ( 「すざく、宇宙線の高エネルギー粒子加速源にせまる」参照) しかし、どんな年齢の、また、どんな環境下にある超新星残骸の中で、どのように宇宙線が生まれるのか、 具体的なことはまだわかっていません。

藤原定家の見た星の死

さて、日本を始めとする東洋の国々には、星空で起こった異変の記録が数多く残されています。 そのなかでも、藤原定家が残した「明月記」には、 多くの「客星」の記録が残されています。 客星の中でも「大客星」と書かれた唯一の爆発の残骸は、 現在「超新星残骸SN1006」と呼ばれ、今も秒速3000kmで膨脹し続けています。 この超新星の記録については、 「〜定家の超新星、1000歳の姿〜」 もご覧下さい。 爆発した日付も判っているSN1006は宇宙線加速の研究に最適です。 実際、「あすか」衛星による宇宙線電子からのシンクロトロンX線の発見、 「Chandra」衛星による異常に細いフィラメント構造内での加速の発見など、 宇宙線加速の新しい発見はいつもSN1006から始まっています。 SN1006は、宇宙線加速の実験室なのです。

「すざく」がとらえた宇宙線加速現場


図1:「すざく」で撮像したSN1006のX線写真。左は高電離酸素からのX線。 右は高エネルギーに加速された電子からのX線。

図1左は、「すざく」衛星がとらえた、200万度という超高温に熱せられて電離した酸素からのX線でみた SN1006です。 爆発から千年経った今も直径60光年の高温プラズマ球が秒速3000kmで膨脹している様は、 まさにこの世の終わりの風景です。 明るく光っている部分は、そこに酸素がたくさんあり、 酸素以外の物質もたくさんある、つまり密度が高くなっています。 超新星残骸全体に酸素を含んだプラズマが広がっていて、 特にへりの部分にたくさん存在しているのがわかります。 これは、冷たい星間物質と熱いプラズマがぶつかって出来た衝撃波面です。 一方、図1右は、超高エネルギーに加速された宇宙線電子から来たX線でみた SN1006です。 熱いプラズマとは違って、宇宙線電子は衝撃波に集中しているのがわかります。 我々は、二つの図を詳しく見比べ、どんな環境で宇宙線電子からのX線が強く出ているのか調べました。 その結果、宇宙線電子からのX線が強く出ている北側の部分は、 酸素からのX線が弱い、つまり密度が薄いことを発見しました(図2参照)。


図2:場所ごとに違うSN1006からのX線。北側からは高エネルギー電子からのX線が多く出ていて、 東側からは酸素からのX線が多く出ている。

SN1006という日本が誇る記録を用いることで、我々は世界で初めて 年齢や爆発の状態などとは独立な「宇宙線加速の条件」である 「密度が薄い衝撃波では宇宙線加速が起こりやすい」ことをつきとめました。 なぜ密度が薄いところで宇宙線加速が起こりやすいのか、 密度以外に加速を決定するものは何か、 まだわかっていないことはたくさんあります。 今後さらにいろいろな天体で同様の研究を行なうことにより、 「100年の謎」といわれた宇宙線加速の謎に 「すざく」は迫ることが出来るでしょう。


「すざく」は2005年に打ち上げられた日本の5番目のX線天文衛星であり、日本の大学や研究機関、NASAのゴダード宇宙飛行センターの研究協力体制のもと、JAXAがその運用を行っています。 以下の「すざく」ホームページもどうぞご覧下さい。
http://www.astro.isas.jaxa.jp/suzaku/index.html.ja